倉敷医療生協歯科の歴史は、1976年の水島歯科診療所の開設に始まります。
その当時は現在と違って、地域住民の口腔内には虫歯があふれ、全国どこでも歯科医の数が圧倒的に不足していました。
歯科を受診する為には早朝から並んで順番を取ったり、泣いて手の掛かる子供の治療は後回しにされたり、歯科医が患者を怒鳴りつけたりすることが普通の時代でした。
私達は水島歯科診療所の開設にあたって、民医連・医療生協の歯科として、「歯科医療から最も疎外されている人々、今一番困っている人々をまず対象に」「特に子供たちの予防を重視」という思いをスタッフ全員で共通のものとしました。
医療生協組合員の班会で予防についての講話や歯ブラシ指導をおこなうこと、診療室でも治療だけでなくブラッシングの実地指導をすること、寝たきりの方のお宅や入院中の病室に歯科往診に出向くこと、昼間に歯科受診が難しい働く人には夜間の診療をおこなうことなど、殆どお金にならないことばかりですが、私たちの思いを開設当時から様々な形で実践してきました。
予防重視・歯科往診・夜の診療といったことは、今の日本の歯科医療では当たり前のこととなりましたが、私たちは30年前からこうしたことに真剣に取り組み、地域住民が健康を守るお手伝いをしてきました。
時代は変化をしていきますが、患者の治療希望に質・量ともに応えられる高い技術を持った人材を有し、そのスタッフ一人一人が「親切で良い歯科医療」を今も追求し続けています。
私たちはインフォームドコンセントについて、医療生協の「患者の権利章典」に基づいて、これを実践する立場を取っています。
医療生協の「患者の権利章典」は、組合員自身のいのちをはぐくみ、いとおしみ、そのために自らを律するものです。同時に、組合員・地域住民すべてのいのちを、みんなで大切にし、支え合う、医療における民主主義と住民参加を保障する、医療における人権宣言です。